日本語でも“食中毒”を「食あたり・水あたり」とセットで呼ぶように、外国語では『食品・水系感染症』等と表現されています。これは、多くの病原微生物が食品と同じく、水を介してヒトに感染してしまうことを意味します。つまり、“食中毒”を文字通り食べ物起因の感染症と考えては不充分で、同じくらい水にも注意を払わなければなりません。
食品も水も同じくらい身近で重要な物なのに、食品衛生や食中毒への関心の高さ・報道の多さのわりには、水質衛生や“水中毒”といった話はあまり耳にしません。
このように水を介しての微生物感染が問題となっていないのは、主に水道局が水道法に則って適切に添加している消毒用塩素のおかげなのです。
病原微生物を殺菌するために添加されている消毒剤としての塩素はほぼすべての細菌の殺菌に効果的であり、
などの優れた点があることから、現在日本を始め世界的にも広く用いられています。
写真は環境水から単離したウェルシュ菌。
食品、水中、土壌等広い分布と強い病原性を示し、大型の食中毒を起こすことから通称“給食菌”と呼ばれる。
今でこそ国内では耳にしない赤痢やコレラのような感染症も、江戸時代にオランダ船の船員から持ち込まれたのを皮切りに、かつては日本でも大流行(数万人単位の死者)が起きていました。
大規模での流行と被害規模
時期 | 原因菌 | 被害規模 |
---|---|---|
1860年頃 | コレラ流行 | 死者28万人以上 |
1886年 | 腸チフス流行 | 死者1万3000人以上 |
1893年 | 赤痢の流行 | 死者4万人以上 |
現在でも東南アジア等に旅行に出掛けた日本人が現地で感染し、保菌した状態で日本へ帰国してしまうことで菌が持ち込まれる輸入感染症(海外旅行者下痢症)として散発的に発生しています。
上記のことからわかるように、日本には、歴史的にも・地域的にもこれらの感染症発生のリスクは存在しているのです。
水道の微生物的安全を保つには、消毒の重要性をまず意識しないわけにはいきません。
戦後からはGHQ指導による水道の塩素消毒の徹底が行われた結果、細菌集団感染の件数は年を追うごとに減少しました。
また生活レベルの向上とともに衛生概念も発達し、公共水道を介しての大型感染事故は減少していきました。
もちろん塩素の殺菌効果は万全というわけではないのですが、もし適切な管理条件で水道へ塩素が添加されているのならば、 水の安全は担保されていると経験上も示されたことになります。
塩素は細菌類、特に消化器系病原菌に高い殺菌効果があるので、塩素が水中に残り留まっている状態は、 殺菌効果継続の保証としての意義があります。
また逆に考えれば、 「もし何かの間違いで塩素が必要量注入・残留されていないとすれば、病原微生物は活発な活動が可能となり、 集団感染は簡単に発生してしまう」とも言い表わすことができます。
病原微生物の種類 | 塩素による消毒効果 |
---|---|
細菌 | ほぼ確実に殺菌できる |
ウイルス | 一部のウイルスを除き、比較的期待できる |
原虫類 | 比較的耐性を持つ原虫も存在する。 Cryptosporidiumといった一部の原虫(オーシスト)は強い耐性を示す |
塩素はもともと常温で気体として存在しているため、放っておいても水中から徐々に揮発していきます。
やかんに汲み置いた水が長期保存できないのは、水中から塩素が消滅した結果細菌類が繁殖し、水質が低下してしまうためです。
また、水中の塩素が有機物と接触すると存在形態が「塩素化合物」へと変化してしまい、本来持っていた殺菌力が減少または消滅してしまいます。
病原細菌や原虫等も有機物が集まってできたものと考えることができますし、人間の肌に付着した汚れも多くは有機物です。
このためプールや公衆浴場のように不特定多数のヒトの出入りが激しい場所ではひんぱんに残留塩素濃度を測るよう法律で義務付けられています。
ですから、例えば同じ大きさの水泳プールがあったとしても、1日100人が入場するケースと1日10000人が入場するケースでは、消費される塩素は異なるのです。
利用者が多い≒水中に持ち込まれる有機物量が多い=塩素が多く消費されてしまう
ということになります。
この考え方をさらに進めれば、
塩素が消費されてしまった=微生物が繁殖しやすい環境となった=ヒトが感染するリスクが増大
となります。
このように消毒用の塩素剤は時間が経つごとに濃度が薄まってしまうため、一定時間ごとに濃度測定をする必要があるのです。